本日、奈良先端科学技術大学院大学の博士前期課程に入学された365名の皆さん、博士後期課程に入学・進学された86名の皆さん、そしてそのご家族の方々に、本学の教職員を代表してお祝いを申し上げます。
また、皆さんの新たなスタートをお祝いするために、ご祝辞をくださいます奈良県知事・山下 真さま、生駒市長・小紫 雅史さまに心よりお礼を申し上げます。
皆さんにとって、今日の新しいスタートが意義のある、祝うべきものである一番の理由は、皆さん一人ひとりが大学院で学びを深めようと踏み出したということです。ご存知かと思いますが、大学院に進学する人の数は人口全体からみるとまだまだ少なく、特に日本ではその傾向が顕著です。経済協力開発機構 OECDの2020年の教育統計によると、人口に占める大学院進学者の割合が最も高いのはフランスで、人口千人あたり5.4人。一方、日本ではその5分の1以下で、人口千人あたり1人未満となっており、OECD加盟国中、最下位です。
OECDが発表した "学びの羅針盤2030"コンセプトノートでは、歴史的に見て、教育は社会変革の波に乗り遅れることがほとんどであったと述べられています。例えば、18世紀にイギリスで産業革命が起きた時には、社会がその恩恵を受けた人たちと受けられなかった人たちに分断された「社会的苦痛」の時期がありました。その後、義務教育の普及によって、より多くの人が産業革命の恩恵を受け、また産業革命の進展に貢献できるようになって初めて、「社会的苦痛」の時期から「繁栄」の時期に入ったとしています。
経営学者のPeter Druckerによると、米国でも19世紀にはまだ、大学で学んだことのあるビジネスマンはたった一人で、それは投資銀行の社名に今もその名を残す金融家J.P. Morganだったそうです。当時の米国の有名な実業家には、高校を卒業した人さえほとんどいなかったといいます。ところが近年、米国の上場企業の管理職では大学院学位を持つ人の割合が増えて今や半数を超えており、トップ100社のCEOで博士号を持つ人の割合も1割を超えました。社会でリーダー的役割を果たすためには、大卒レベルの教育でさえ不十分と認識されるようになってきているのです。
日本でも19世紀まで遡ると、高等教育に対する考え方は、今とは全く違っていたようです。明治時代に福澤諭吉が創刊した新聞『時事新報』において、福澤自身がある日の社説で次のように述べています:
「銭あるものは上等の衣食を買うて衣食す可し、銭なきものは下等の衣食に満足せざるを得ず。簡単明白の数にして、今の人間万事この法則に洩るるものあるを見ず。故に教育も亦この法則に洩るること能はずして、富家の子弟は上等の教育を買う可く、貧生は下等に安んぜざるを得ず」
現代の言葉で繰り返しますと「お金持ちは高級な服や食事を買って生活するが、お金の無い人は粗末な衣食で満足するしかない。これは当たり前のことで、例外のないこの世の法則であり、教育も同じである。裕福な家の子弟は高度な教育を受け、貧乏な人は低いレベルの教育で満足するしかないのである。」という内容です。したがって福澤は、政府などが助成する公教育は、読み書き算盤の初歩といった「最下等」のものに限定すべきであるとも、述べています。
しかしながら、18世紀の第1次産業革命以降、科学技術は指数関数的に発展、成長しており、現在はデジタル革命とも呼ばれる第4次産業革命の最中であると言われています。そのような歴史の流れのなかで、教育と技術革新は競争を続けており、技術革新に教育が追いつかないと、社会の中で不幸になる人々が生み出されるというのが、先ほどのOECDの指摘です。すなわち、市民一人ひとりが科学技術の発展の恩恵を享受し、また、その発展に貢献するために必要な教育レベルは、時代を追うごとに高くなってきているのです。これは、われわれ教育関係者やそれぞれの国の政府・行政が向き合うべき課題であると同時に、皆さん自身も自ら受ける教育を、10年、20年、30年という長いスパンで将来を見据えた準備として捉える必要があります。
そのための第一歩を皆さんは、今日、踏み出したわけです。皆さんが大学院教育を受ける場として奈良先端大を選んでくださったことに、私たち教職員は誇りを感じていますし、また、皆さんにも奈良先端大で学ぶことに誇りを持って頂きたいと思います。文部科学省による直近の評価において、「教育」と「研究」の両方で最高評価を受けた国立大学は全国で2校しかなく、そのうちの一つが奈良先端大です。また、本学は、文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」いわゆるJ-PEAKSに選抜された25大学の一つとして、これまでにない、近未来の研究大学を目指す事業にもこの4月から取り組みます。その名が示す通り、「先端」を追求し続ける本学の教育研究環境の中で、皆さんも自らの持つ可能性の「先端」を究めることを期待しています。
そこで入学式の今日、是非、紹介しておきたいのが、本学のモットーです。"Outgrow your limits"「自らの限界を打ち破れ」という意味です。皆さん一人ひとりの中には、自分ではまだ気づいていない大きな可能性が眠っているはずです。本学は、皆さんが自身の新たな可能性を発見し、それまで思い込んでいた自分の限界を超えて、成長することを可能にする場所なのです。
ようこそ、奈良先端大へ。
2025年4月4日
奈良先端科学技術大学院大学
学長 塩﨑 一裕